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《米海軍横須賀基地》鎮魂の祈り――9.11追悼式典、忘れない祈りと深まる日米の絆

米軍基地
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アメリカ同時多発テロ(9.11)から24年、2025年9月11日(木)に米海軍横須賀基地にて、追悼式典が行われました。

米兵

「この9.11という日は、当時の気持ちを思い出し、アメリカのために何ができるかを考える日にしています」
在日米海軍病院に勤務するROZELL(ロッゼル)さんは当時20歳、「テレビで事件を知り、非常に胸を痛めました」と当時の衝撃を話します。その後、米海軍に入隊し、国を守る仕事に従事しています。

式典の概要と厳粛な進行

星条旗

米海軍横須賀基地では、在日米海軍司令部の建物前にて、午前8時から式典が厳粛に行われました。曹長候補生やファーストクラスの参加者約100名が見守る中、3名の隊員が連携を取りながら、日米国旗と国連旗を丁寧に掲げていきます。

国旗

式典では、テロの犠牲者への深い敬意を示すため、米国旗は半旗として掲揚されます。亡くなった方々への追悼の念が、風になびく星条旗に込められているかのようです。静かに、しかし力強く、星条旗が舞う様子に、全ての人が息をのんで見つめていました。

消防車
行進

その後、丘の上から曹長クラブ(食堂)前の9.11のモニュメントまで、消防車を先頭に隊列を組んで行進しました。

記憶の継承と追悼

追悼式

モニュメント前では、犠牲となった人々への追悼の意を込めてベルが鳴らされました。「カーン・カーン」とベルの高い音が秋の青空に響きます。
テロ攻撃を受けた4機の航空機、ワールドトレードセンターに突入した2機、国防総省に突入した1機、そしてペンシルベニア州に墜落したユナイテッド航空93便の1機の犠牲者を悼むために、2回ずつ鳴らされました。

追悼のベル

鐘の音は、事件や災害で亡くなった人々を記憶し、その悲劇を二度と繰り返さないという強い決意を示す意味があります。人々の記憶を呼び覚まし、追悼の気持ちを共有し、犠牲者への深い哀悼と悲劇を繰り返さないという誓いが参加者全員の心に刻まれました。

モニュメントに献花

その後、献花が行われました。モニュメントには、

BUILDINGS FALL BUT FREEDOM STILI STANDS TALL
WE WILL ALWAYS REMINISER VIR SEPTEMBER 11, 2001 TERRORIST ATACK ON AMERICAN SOM
(建物は崩れても、自由は高くそびえ立つ。私たちは、アメリカの地で起こった2001年9月11日のテロ攻撃を決して忘れないだろう。)

と刻まれています。

テロによって多くの命が奪われ、日常が一変したあの日。しかし、その悲劇を乗り越え、アメリカ、そして世界は立ち上がりました。筆者も当時の記憶が鮮明によみがえり、胸がいっぱいになりました。犠牲になられたすべての方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

守るための日米の絆

モニュメント

横須賀は、米海軍第七艦隊の司令部を置くアメリカ海軍にとっても重要な拠点の一つ。海上自衛隊もまた、自衛艦隊司令部を横須賀に置き、同じ港を共有する両者は、平時・有事を問わず緊密に連携しています。
テロ対策、災害救援、不審船への対応など、多様なシナリオを想定した合同訓練を定期的に実施し、指揮系統や通信、戦術を共有し、実戦的な対応能力を高めています。
大規模災害が発生した際には、日米の艦船や航空機が連携して人道支援や物資輸送にあたりました。東日本大震災の際の「トモダチ作戦」はその代表的な例です。

米海軍と海上自衛隊の協力関係は、日本の安心・安全を守るだけでなく、インド太平洋地域の平和や安定にも大きな役割を果たしています。
横須賀から広がる絆が、日々の安心や未来の平和をそっと支えてくれている――
そんなことを静かに実感できた一日でした。

米海軍横須賀基地
横須賀市泊町1番地
公式HP
取材協力:米海軍横須賀基地様

本記事の著作権は著者に帰属しており、Yahoo!ニュース掲載分を加筆・再編集したものです。
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